醤油について

醤油と大豆

醤油は我が国における伝統的醸造調味料で、強い旨味のほか酸味、甘味を持った鹹味(かんみ、塩辛味)調味料である。醸造とは、麹菌(こうじきん)を穀物に生やした麹(写真1)を使って伝統的な発酵食品を造ることであり、醸造物には味噌、醤油、清酒、焼酎、泡盛、食酢、みりんなどがある。夏暑くてジメジメしてカビが生えてしまう我国の気候風土から、麹菌を使う技術が発達したと考えている。麹菌は、我国の豊かな食文化に貢献し今後ますます産業的に重要な菌となることから、平成18年(2006年)に日本醸造学会から「国菌(こっきん)」に認定された。
近年、醤油は海外でも非常に優れた調味料として認知されるようになり、その使用量は増加している。しかし、日本国内においては、輸出用醤油の海外生産や食生活の変化から年々生産量は減少している。醤油は日本人にとって無くてはならない調味料であるが、あって当たり前の空気の様な存在で、醤油の原料が大豆と小麦であるという事やその種類が5種類もあること等、醤油のことは余り知られていない。平成25年(2013年)12月に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されて以来、国内外における和食に対する注目度が増していることから、醤油の価値は益々高まってくると思われるが、もっと醤油の素晴らしさを認知してもらいたい。

大豆と小麦に麹菌を生やした醬油麹

[写真1 大豆と小麦に麹菌を生やした醬油麹]

醤油の歴史

醤油のルーツは、食塩を用いた保存食である醤(ひしお)とされている。狩猟民族であった原始人が、食塩により肉を保存できることに気が付き肉醤(ししびしお)が出来たとされている。その後、野菜と食塩を混ぜた草醤(くさびしお)や魚と食塩を混ぜた魚醤(うおびしお)が生まれたと考えられている。現代でも、草醤は漬物として食され、魚醤は魚醤(ぎょしょう)や塩辛として食べられている。後に農耕民族になり穀物による穀醤(こくびしお)が誕生し、その穀醤の作り方が仏教伝来と共に中国から我国に伝わったとされている。大宝律令(701年)に宮内省の食事担当である大膳職に属する醤院(ひしおつかさ)で大豆を原料とする醤が造られていたとの記載がある。
中国から伝来した醤から我が国において未醤(みしょう)ができ、未醤から味噌ができたと考えられている。この味噌の桶に溜まった汁である溜り(たまり)が、室町時代に独立した液体調味料ある溜醤油(たまりしょうゆ)に発展したと考えられている。従って最初に出来た醤油は溜醤油である。文献に「醤油」の記載が最初に登場するのは、安土桃山時代の日常用語辞典「易林本節用集(えきりんぼんせつようしゅう、1597年)」だとされている。
鎌倉時代(1254年)に禅僧覚心が中国から径山寺味噌の造り方を持ち帰り、紀州湯浅の村人に伝え、桶に溜まった溜りが醤油の始まりだとする説もある(和歌山県湯浅町では「醤油発祥の地」をアピールしている。湯浅町の歴史的な町並みは、2006年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている)。何れにしても味噌の桶に溜まった汁である溜りから醤油が生まれたのである。現在、溜醤油は主に中部地方で造られ2019年全国生産量の2.1%と少ないが、トロ味と濃厚な旨味、独特な香りが特徴であることから、寿司や刺身のつけ醤油として用いられている。加熱により綺麗な赤みが出るため、照り焼きや佃煮、煎餅などに用いられる。昔ながらの大豆だけで味噌玉麹を造り発酵させて造る溜醤油は、小麦を使用しないのでグルテンフリーの調味料として、最近、欧米で注目されている。
江戸時代に入り、政治と文化の中心が京から江戸に移り、江戸独自の食文化が生まれてくる。江戸は京と違って前に海があり魚を食べる機会が多く、魚の生臭みを消すことのできる醤油が必要となり、濃口(こいくち)醤油が生まれてきたと考えられている。一方、千葉県銚子市のヤマサ醤油やヒゲタ醤油の創業者は紀州の出身で、関東の濃口醤油が生まれる前から紀州で濃口醤油を生産していたとの話も聞いた。改めて濃口醤油の誕生については、調査が必要であると考えている。溜醤油が大豆だけを原料として使うのに対し、濃口醤油は原料に大豆と小麦を使うことから、小麦のデンプンにより微生物の発酵が旺盛となり、香りの高い醤油となる。この味と香りが良い濃口醤油の出現により、江戸前の寿司やそばなどの和食が江戸で生まれてくる事になる。濃口醤油は江戸から全国に広がり、現在では日本の醤油生産量の8割以上(2019年全国生産量の88.2%)を占めている。
江戸時代中期(1660年)に、兵庫県の龍野(たつの)で円尾孫右衛門(まるおまごえもん)が淡口(うすくち)醤油を開発した。濃口醤油と使用原料と製造法は同じであるが、色を淡くする努力をして造った醤油で、龍野を流れる揖保川の水が軟水で色が淡くなることから淡口醤油が龍野で生まれたと考えられる。淡口醤油は素材の色を綺麗に仕上げることから、京の懐石料理や精進料理に使われ関西で淡口食文化を形成し、現在、淡口醤油は2019年全国生産量の12.2%を占め、関西だけではなく意外にも全国各地で生産されている。
江戸時代末期(1790年)には、山口県の柳井で高田伝兵衛(たかだでんべえ)が、大豆と小麦を製麹した醤油麹を濃口醤油に仕込んだ再仕込醤油を開発した。味が濃厚で美味しいことから甘露(かんろ)醤油とも呼ばれ刺身などのつけ醤油や掛け醤油として使われることが多い。現在、再仕込醤油は2019年全国生産量の1%であるが、山口県よりも島根県で盛んに生産され、埼玉県などでも蔵の特徴を出すために生産している所もある。
また江戸時代末期に愛知県の碧南(へきなん)で、淡口醤油よりも色が淡い白醤油が生まれている。白醤油は、小麦を主原料とし大豆を混ぜて製麹し、塩分濃度の高い食塩水に仕込んで着色を抑え、アルコール発酵をさせない甘味が特徴の醤油である。現在、白醤油は2019年全国生産量の0.7%と少ないが、その色の淡さから、吸い物や茶碗蒸しなど料理や煎餅などに使用されている。最近、麺類などのつゆや料理の調味に用いられことが多くなった白だしは、最初は白醤油に出し汁を加えて商品化された。

醤油の農林規格

醤油には、食品・農林水産分野において農林水産大臣が定める国家規格である日本農林規格が制定されており、醤油の種類(こいくちしょうゆ、うすくちしょうゆ、たまりしょうゆ、さいしこみしょうゆ、しろしょうゆ、写真2)、製造方式(本醸造方式、混合醸造方式、混合方式、図1~3)、等級(特級、上級、標準)ごとの基準(性状、色度、全窒素量、無塩可溶性固形分など)が設けられている。醤油は、現在JASにより品質基準が定められている加工食品の中で最も受検率の高い製品の一つで、JASの優等生とも呼ばれている。

醤油の種類

本醸造方式

混合醸造方式

混合方式

JAS規格を満たした醤油にはJASマーク(図4)が付けられているが、都内のスーパーマーケットで良く見かける殆どの醤油は濃口醤油(2019年JAS受検数量の84.1%)の本醸造方式(2019年JAS受検数量の90.8%)で特級(2019年JAS受検数量の76.1%)である。因みに味噌には日本農林規格は制定されていない。味噌は同じ米味噌でも地域やメーカーによって大きく品質が異なり全国で統一の規格が作りづらく、積極的にJAS制定に取り組んだ醤油業界とは異なり業界内での反対の声も大きかった様である。

JASマーク

[図4 JASマーク]

醤油の副原料に大豆のタンパク質を塩酸で分解したアミノ酸液が認められている。アミノ酸液は、醤油以外にもたれ、漬物、ソース、佃煮、惣菜、水産加工と幅広い分野で加工食品の調味素材として用いられている。国内におけるアミノ酸液のトップメーカーは味の素であるが、国内6社で日本アミノ酸液工業会を組織している。アミノ酸液は全窒素量が本醸造方式の生揚げ(きあげ、搾りたての醤油)よりも数倍も高く、価格も生揚げよりも安価であることから、醤油醸造における混合醸造方式、混合方式の呈味増強に用いられる。諸味にアミノ酸液を加えて発酵、熟成させて圧搾した醤油が混合醸造方式、生揚げにアミノ酸液を混合した醤油が混合方式である。2019年全国生産量の88.2%が本醸造醤油で、11.2%が混合方式、0.5%が混合醸造方式である。大手メーカーである5社(キッコーマン、ヤマサ、ヒガシマル、ヒゲタ、マルキン)の生産量が2019年のシェアーが53.6%であることから、全国的な本醸造醤油の製造比率は高くなっている。1933年頃から味の素によるアミノ酸液の販売は行われていた様であるが、戦後の醤油原料不足の時代にアミノ酸液を混合した混合醬油が全国で生産される様になった。現在、大手醤油メーカーは食の安全性や本物志向から本醸造醤油だけを製造している。一方、全国の中小醤油メーカーは資金力不足から製造設備の本醸造方式への切り替えが出来ず、さらに消費者に定着した混合醤油のニーズにより、現在も混合醤油が主力商品となっている。

醤油生産量の推移

醤油の産地としては、野田(濃口醤油、千葉県)、銚子(濃口醤油、千葉県)、龍野(淡口醤油、兵庫県)、小豆島(濃口醤油、香川県)が有名であるが、いずれも大手メーカーの発祥地である。この他に大野(濃口醬油、石川県)、武豊(溜醤油、愛知県)、碧南(白醤油、愛知県)、湯浅(濃口醬油、和歌山県)、柳井(再仕込醤油、山口県)などもある(図5)。
1955年に全国で約6,000もの醤油工場が存在していたが、1963年に施工された中小企業近代化促進法により醤油業界の生揚げ生産協業化が進み、さらに醤油消費量の減少による醤油メーカーの廃業で醤油工場数は減少し、2019年には1,141工場になっている。生産量も1955年は973,800㎘だったものが、1973年の1,294,155㎘を最高に、2019年には744,263㎘に減少している(表1)。上記の生揚げ生産協業化とは、各県の醤油業者が出資して生揚げ生産協業化工場を建設し、原料処理から生揚げまでを生産協業化工場で行い(出資者の各醤油業者は原料処理から生揚げ生産の製造設備を廃棄)、醤油業者は生産協業化工場から生揚げを買い入れて火入れをして製品を製造することになる。生揚げ生産協業化により品質の安定した生揚げを得ることが出来て、各醤油業者の最終製品の品質向上が図れることになる。各地の生揚げ生産協業化工場は、醤油メーカーの生き残りと醤油の地域性にとって大きな効果があったと考えている。現在、日本で最も醬油メーカーが多い県は、福岡県醤油醸造協同組合(筑紫野市)のある福岡県で89社のメーカーが残っている。一方で、原料処理から醬油醸造を行う一貫工場が少なくなり、各醬油工場の技術力維持については問題があるのではと思っている。

出荷量と工場数

醤油の地域性

キッコーマンの大友ら1)の研究によると日本各地で使用される醤油の官能的特徴は、3つに分けられることが明らかになった(図5)。
(1)塩味が強い醤油のみを使用する地域:東北・関東外郭・中京
(2)塩味が強い醤油とそれ以外の醤油を併用する地域:北陸・首都圏・近畿・四国
(3)塩味が強い醤油以外を主に使用する地域:北海道・中国・九州

これらの研究結果は、日本各地の醤油の呈味についての科学的な分析による客観的な分析結果で、日本の醤油の地域特性を解明する上で貴重なデーターであると考えている。
醤油の地域性とその形成要因を明らかにするために、著者らは2016年から2018年に掛けて全国の醤油工場127工場について調査を行った。調査結果の詳細は、キッコーマン国際食文化研究センターのホームページ(https://www.kikkoman.co.jp/kiifc/publication/index.html)から同センター発行の研究機関紙FOOD CULTURE No.28、No.29を参照ください2-12)
今回、調査を行った醤油メーカーのうち、北海道、秋田県、山形県、宮城県、福島県(2社)、新潟県、山梨県の合計8社が、“つゆ”や“だし醤油”を1960年から1989年の間に発売しており、何れの会社も主力商品に成長した。これらの地域では“つゆ”や“だし醤油”での味付けが定着している。
九州の醤油が甘いことは良く知られているが、九州の醤油が甘くなったのは戦後になってからの様である。戦後の甘味に対する飢餓の反動、混合醤油の定着、砂糖の入手が容易な地域性などから、九州の醤油は甘くなったのではないかと考えている。鹿児島では40%が砂糖の醤油がヒット商品として定着している。
 今回の調査で、富山県の生地(いくじ)地区で戦後甘い醤油が開発され、その甘い醤油が漁船によって北海道の根室や釧路、岩手県や宮城県に運ばれた可能性が高いことが明らかになった。因みに甘い醤油が販売されている釜石では、富山県からの移住者が多いとの話を聞いた。
1990年に北海道の歯舞漁業協同組合が内地の醤油メーカーに委託製造してもらった「はぼまい昆布しょうゆ」が昆布醬油の始まりである。その後、大手醤油メーカーも昆布醬油を全国販売する様になった。昆布醬油が、全国的に醤油加工品が増えていく先駆けになったと考えている。
小豆島では現在でも1,000本以上の木桶が諸味の発酵容器として使われている。全国に2,000本から3,000本しか残っていない木桶のうち、1,000本が小豆島にあり今でも現役であることは驚きである。

醤油の歴史と種類、産地と地域性地図

[図5 醤油の歴史と種類、産地と地域性地図]

著者紹介

.

東京農業大学名誉教授・一般財団法人日本醤油技術センター 理事兼顧問
みりん研究会 副代表幹事

専門分野:醸造学、応用微生物学、食品製造学

1953年京都府生まれ。東京農業大学農学部醸造学科卒、同大学院農学研究科博士前期課程農芸化学専攻修了。同大助手、講師、助教授、教授を経て2019年より名誉教授。博士(農芸化学)。1997年度日本醸造協会技術賞、2009年および2019年日本醤油技術賞受賞、2010年醤油功労賞受賞。醤油の研究は40年余にわたり「醤油博士」として知られ、本みりんや醤油の講演を数多く行っている。

著書 

『身のまわりの食品化学実験』(共著、三共出版、2001年4月)
『身のまわりの食品分析実験』 (共著、三共出版、2011年11月)
『しょうゆの絵本』(編著、農山漁村文化協会、2006年4月)
『発酵食品学』(共著、講談社、2012年4月)
『「本みりん」レシピ』(監修、主婦の友社、2014年9月)
『発酵のきほん』(監修、誠文堂新光社、2015年4月)
『マンガで読む発酵の世界』(監修、緑書房、2020年2月)

参考文献
1)大友 裕絵,今村 美穂,佐々木 努,木津 邦知:FOOD CULTURE No.26,3-6(2016)
2)舘博:FOOD CULTURE No.28,3-5(2018)
3)舘博:FOOD CULTURE No.28,6-10(2018))
4)福留奈美:FOOD CULTURE No.28,11-18(2018)
5)宇都宮由佳:FOOD CULTURE No.28,19-25(2018)
6)江原絢子:FOOD CULTURE No.28,26-27(2018)
7) 舘博:FOOD CULTURE No.29,3-6(2019)
8)舘博:FOOD CULTURE No.29,7-8(2019)
9)福留奈美:FOOD CULTURE No.29,9-12(2019)
10)福留奈美:FOOD CULTURE No.29,13-14(2019)
11)宇都宮由佳:FOOD CULTURE No.29,15-20(2019)
12)江原絢子:FOOD CULTURE No.29,21-23(2019)
13)舘博,宇都宮由佳,福留奈美:日本醸造協会誌,115,75-84(2020)
14)小泉武夫 編著、発酵食品学(第4版):講談社(2014)
15)しょうゆ不思議(改訂2版):日本醤油協会(2019)
16)醤油の統計資料:日本醤油協会,全国醤油工業協同組合連合会,全国醤油醸造協会,一般財団法人日本醤油技術センター(2020)

出典一覧
写真1 醤油麹(丸大豆醬油用);自作
写真2 醤油の種類 写真提供;しょうゆ情報センター
図1~3 製造方式 図提供;しょうゆ情報センター
図4 JASマーク 図提供;一般財団法人日本醤油技術センター
表1 出荷量と工場数 醤油の統計資料を参考に自作 情報提供;一般財団法人日本醤油技術センター
図5 醤油の歴史と種類、産地と地域性地図;『うなぎ_STYLE』編集部作成

関連記事

  1. 「うなぎ」の長~い話 第2回 養殖? 天然? 戸田 育男

  2. 『鰻の栄養について』管理栄養士 森 由香子

    『うなぎの栄養について』 管理栄養士 森 由香子

  3. 「鰻丼の歴史」〜丼の向こうに文化が見える〜
    飯野 亮一(監修)